英気に溢れる -Be filled with brilliance-

鹿児島で学習支援業を行なっているBRILLIANTが、子どもと教育、心と身体に関するエッセイ、日々の雑想をお届けします。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

奪う言葉と、与える言葉

夕暮れの公園で、逆上がりにチャレンジしている子どもがいました。

彼は毎日、毎日、近所の公園に行って、

繰り返し繰り返し、逆上がりの練習をしています。

でも、なかなかできるようにはなりません。


クラスの他の子たちは、次々とできるようになっていきます。


彼は毎日、毎日、練習します。

やっとお腹を鉄棒につけることができるようになりました。

でも、まだくるっと回転することができないのです。

「くるっとまわれるようになりたいなあ」

「どうしたら、○○くんみたいに上手にまわれるんだろう」

彼は、願いながら考えながら、一生懸命、練習を続けます。


他のクラスメイトたちは、次々に成功していきます。

逆上がりができないのは、ついにその子だけになってしまいました。


ある日、体育の先生が、荒々しい口調でこう言いました。


「なんだ、ダメだなお前は!逆上がりみたいな

こんな簡単な事もできるようにならんのか!

どこかおかしいんじゃないか!

先生が言った事をちゃんと守ってやってるのか!

次の時間までに、できるようになってこいよ!

いいな!分かったな!はい、は?」


彼は、小さく「はい」と返事をしました。


でも、次の時間までに、逆上がりができるようなる

自信はまったく湧いてきません。

「ダメだな」「こんな簡単なことも」

「おかしいんじゃないか」

先生の言葉が思い出される度に、思考が停止してしまい、

やる気も元気もなくなってきます。


彼は、その日学校から帰った後、公園へは行きませんでした。



*** *** *** *** ***



私は、荒々しい口調で、その子を叱咤した先生の気持ちも分かります。


まず、その先生は、自分の力不足が悔しいのでしょう。

『あれだけ教えてあげたのに、

 この子は何でできるようにならないんだろう・・・』

その(自分に対する)悔しさともどかしさが、

口調をとげとげしいものに変え、その子の尊厳を奪うような

言葉を吐かせてしまうのです。


また、このように時に厳しく叱咤することで、

この子に気合が入るのではないか、あるいは、

先生にまた怒られるかもしれないという危機感から、

より熱心に練習をしてくれんじゃないか、

という思いもあったのではないかと思います。


また何より、このように叱咤し、

自分は何らかの指導をしたと思い込むことで、

(自分の力量不足から目をそらしたい)その先生自身が、

先生としての存在意義を辛うじて保つことができるんだと思います。



しかしながら、上記のような、

自分の尊厳を奪われるような言葉を聞かされて

目の色を変えて生き生きと練習に打ち込むような人間は

この世には存在しません。


このような言葉を聞かされて、まず起こるのは

萎縮(いしゅく)です。

脳も身体も心も「しゅん・・・」となってしまう。

その結果、脳と身体と心の働きは著しく悪くなります。


自分を先ほどの逆上がりの男の子の立場に置いてみると

よく分かります。

先生の言葉を聞いて、脳も身体も心の働きも活発になって

「よっしゃ、やるぞ!」と意気込んで、

練習に打ち込もうと言う気持ちにはまずならないと思います。


あり得るとすれば、その萎縮した気持ちのまま、

脳と身体と心の働きが半ば停止した状態で、

先生にまた怒られたくないという気持ちから、

ロボットのように練習するようになるだけということです。



先生がそのようなことを言わずに見守っていれば、

成長は遅いかもしれないが、

一生懸命工夫して練習していた彼です。

いつの日か、逆上がりができるようになったかもしれません。


でも、彼の心と身体はしぼんでしまいました。



あの時、先生はどのような言葉をかけるべきだったのでしょう。


できることなら、逆上がりができるようになりたいと願う

その子の脳と身体と心の働きが、

より良くなるような言葉を贈ってあげられたら。


みなさんなら、どのような言葉を彼に贈られるでしょうか?

考えてみて下さると嬉しいです。

また、よろしかったらコメントを下さいますと、有り難いです。


私も、大きなテーマとして、いつも考えています。
スポンサーサイト

ジャンル : 心と身体
テーマ : モノの見方、考え方。

[ 2011/07/08 12:47 ] 子どもと教育 | TB(0) | CM(4)
はじめまして、この記事読ませて頂きました。

中々難しいですよね、叱るべきなのか、励ますべきなのか・・・。

でも私ならこの場合、特別な言葉は何も贈りません。なぜなら、この子はチャレンジし続けるパワーを現在十分に持っているからです。パワーを現在保有している人に対して、特別な言葉を贈ろうとすれば、その人に何らかの影響を与えることになり、こちらの意図しない形でパワーをそぎ落とす結果になりかねないと思っています。

特別な言葉を贈るということは、その子を特別視しているということです。みんなと同じように接し、その子が逆上がりをできるようになった時に、みんなができた時と同じように誉めるべきだと思います。

色々と考えさせられる記事でした。ありがとうございます。

[ 2011/07/08 20:17 ] [ 編集 ]
閣下さん

コメントありがとうございます。

特別な言葉は何も贈らない、という閣下さんのご意見に、私も大変共感致します。

チャレンジし続けるパワーを十分に持っている人に対して特別な言葉は要らないかもしれませんね。

今回は物語形式で書いてありますので、その子の知られざる努力は誰でも分かる訳ですが、

その子に接する限られた時間だけで、教師が、その子の知られざる努力を想像できるかどうか、その子がチャレンジし続けるパワーを現在十分に持っているかをちゃんと感じ取れるかどうかも大切なのではないかと思います。

またパワーを持っていると信じることも大事だと思います。

「特別な言葉を贈るということは、その子を特別視しているということです」という言葉には、ハッとさせられました。

私は自分の生徒のどの子にも、それぞれに特別な(個別な)言葉を贈ろうとしてしまう傾向があるのです。「どの子も特別視する」ということが、私にとっての「どの子も同じように接する」ということになっているのかもしれないな、と閣下さんの言葉で気づかされました。

ありがとうございます。
[ 2011/07/09 13:11 ] [ 編集 ]
お久しぶりです☆ この間の台風は大丈夫でしたか??
最初この話は例え話だと思ってました…実話ですか~今もこんな先生いるんですねっ!私の小学校のときにはいたような感じするけど 今は保護者がうるさいから 絶滅危惧種なのかと… 自分の子供にならつい言ってしまいそうなセリフですよね。。
子供の性格によるのかな~うちの長男は敏感であまのじゃくなのでわざとらしい褒め方すると見抜きます。 次男は大変素直なので 大袈裟に 「これちゃんすご~~~い」って言うと ニコニコして満足そうです。長男には 捨て台詞的に「男の子は高学年になると筋肉つくから急にできるようになるんだよね~」とか 「ま、できなくても死ぬ訳じゃないし♪」「なんでも完璧な人なんていないからね~」って言うかも。そうはいいつつコツとか教えるけど(笑) 双子は勝手に二人で競い合うらしいので今から楽しみです。もうすでにおもちゃを取り合って喧嘩したりハイハイでおいかけっこしてゲラゲラ笑ったりで面白いですよ☆
[ 2011/07/27 21:57 ] [ 編集 ]
みゆさん

お久しぶりです!コメントありがとうございます!嬉しかったです!

最初に思われた通り、これは実話ではなくて、例え話でした。(すみません)

みゆさんのコメントと、この前コメントを頂いた閣下さんのご意見を総合すると、とても興味深いです。

すべての子どもに同じように接するか、子どもが4人いるなら4者4様の接し方をするか、ということです。

これは、子どもと接する立場が、教師なのか親なのかにもよるんでしょうね。

また、どのくらいのレベルのことを褒めると、相手は一番喜ぶのか?というのは、心に留めて
おきたいことだなあ、とみゆさんの息子さん達のエピソードを聞いて、改めて思いました。

長男さんは、きっと自立心が強く、「大人」として見られたいタイプなのかもしれませんね。

自分のタイプを見抜いて、褒めてくれたり励ましてくれるのは、男の子としては有り難いことだと思います。

だから、男は大人になっても、「ママ」を求めて夜の酒場へ繰り出すんだろうなあって連想もしました(笑)
[ 2011/07/30 14:58 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。