英気に溢れる -Be filled with brilliance-

鹿児島で学習支援業を行なっているBRILLIANTが、子どもと教育、心と身体に関するエッセイ、日々の雑想をお届けします。

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天の意志に気づくのはいつか

本日、すごいことがありました。

私は教室の前にメッセージボードをおいて、

ほぼ、日替わりのメッセージを書いているのですが、

(以前、ワールドカップ応援の記事でボードの写真を載せました)

本日、教室に到着した時に、私はそのメッセージボードに

メモ紙がはさんであることに気付きました。

「なんだろう?」「生徒が残していった伝言かな?」などと

思って、紙を開いたところ、

それは、メッセージボードを読んだある方からの問いかけ、でした。

私の書いた言葉が、その方の琴線に何らかの形で触れたのでしょう。

その方の中に湧きあがった疑問をメモ紙に書いて、残してくださったのです。

まさか、このような「返信」を残してくださる方が現れるとは思って

いなかったので、大変驚き、そして嬉しく思いました。

お名前もご年齢もわかりませんが、ご質問を下さった方、ありがとうございます。

私も、考える良いきっかけを頂きました。

このような「交流」をさせて頂いたことに深く感謝しています。


さて、その問いかけの内容についてですが、

私は先週末ぐらいに

「天は使命の大きな人間ほど試練を与える」という言葉を書きました。

その言葉に対して

「先日先生は、神様はやれる人に困難をやらせる(多少文は違うかもしれませんが…)

と書かれましたが、

では、それに気付くのはいつでしょうか?

高校・大学の合格?それとも…?

でも、その中に、死ぬまで気付かない人も、私はいると思います。

先生はどう思いますか?」

というものでした。


とても深く、難しい問いかけで、私は頭を悩ませましたが、

私なりの解答をその方に書きました。

以下、その文を掲載致します。


*** *** *** *** *** *** ***


ご質問を下さった方へ


ブリリアンスの西野です。私の書いたメッセージを読んで下さり、ご質問までして下さってありがとうございました。

本当に嬉しかったです。


先日私は「天は使命の大きな人間ほど試練を与える」と書きましたが、そのことに関して、「それに気が付くのはいつでしょうか?死ぬまで気づかない人も、私はいると思う。先生はどう思いますか?」というご質問をして下さいました。


まず、大変するどく、深い疑問をお持ちになられたのだなあ、と思いました。

簡単に結論づけることは難しい種類の疑問だと思います。

その疑問を心の中で温め、ご自分で考えを深めていくことに、意味があるように思いますので、以下の私の解答は、ひとつの考えとして参考程度にしてくださいませ。

また、私の考えも今後変化していくかもしれませんので、そこはご了承くださいませ。


私がこの言葉を書いたのは、私がこれまでの人生の中でとても苦しい時に、勇気をもらった言葉だからです。

「どうしてこんなに大変なことばかり起るんだろう」「どうしてこんなことになってしまったんだろう」そのように思うことがこれまで多々ありました。

でも、どうしても前に進んでいかなければなりません。

そんな時にお世話になったのがこの言葉です。


苦しい時にそれを乗り越える最大の力は「信じる力」だと私は思うのです。

私はこの言葉を知って、「私がこの試練を与えられたのは、きっと乗り越える力が自分にあるからだ」、とか「この試練を乗り越えることが、きっと自分にしかできない使命につながっているはずだ」と信じて前に進むことで、自分を成長させ、苦しい時を乗り越えてきたように思います。


ですから、私は「天は使命の大きな人間ほど試練を与える」や「神様はやれる力のある人に困難をやらせる」ということに、何かを達成してから気づいた(納得した)のではないのです。

まだ何も達成していない試練の真っただ中で、ただそう信じて、乗り越えようとしてきただけなんです。

だから、私も実は、この言葉の本当の意味(仕組み)に気づいているかというと、あやしいところがあります。

自分の使命が何なのか、いまだにはっきりとしません。

人生を通じて分かっていくものなのかもしれないし、死ぬまで分からないものなのかもしれません。

ですが、この言葉は「何かを信じて前に進む」ことの大切さを教えてくれたように思うのです。

この言葉の本当の意味に気が付くのは、明日かも、1ヶ月後かも、10年後かも、あるいは、死ぬときかもしれません。

しかし、信じることは「今」できると私は思うのです。

信じて前に進み、そこから多くを学んでいくこと、自分を成長させていくことに、意味があると思うのです。
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ジャンル : 心と身体
テーマ : ありがとう

[ 2010/07/27 23:59 ] スタディサロン日記 | TB(0) | CM(0)
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