英気に溢れる -Be filled with brilliance-

鹿児島で学習支援業を行なっているBRILLIANTが、子どもと教育、心と身体に関するエッセイ、日々の雑想をお届けします。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

数学の用語を覚えるには

最近の中学校の数学の定期試験では、

数学用語を答えさせる問題が頻繁に出題されるようです。


私が中学生の時は、数学用語を問う問題はほとんど

なかったように記憶しているのですが、

みなさんどうでしょうか。


絶対値、乗法、分配法則・・・といったような

数学用語は、あくまで数学の概念の「ラベル」ですから

ラベルを答えられることよりも、

概念を説明でき、活用できることの方が重要だと私は思います。


「分配法則」という名前を答えられることより、

 100×(1.01-0.93)
=100×1.01-100×0.93
=101-93
=8

という概念を使いこなせることの方がずっと有益です。

(※私は中学生時代、分配法則なんて言葉はまったく
意識していませんでした。テストで出題されても
答えられなかったと思います。
それでもとりあえずは問題なくやってきました。)


しかし、数学用語を答えさせる問題がなぜか最近増えてきた。

それは一体何故なのか、という考察は今回は置いておいて、


この種の出題で困っている生徒さんが多いようなので、

アドバイスを書こうと思います。


なぜ、数学用語を答えさせる問題に手こづるかというと、

問題集がないからです。

問題集の中に数学用語を問う部分がほとんどない。

(学校のみで配布されるワークには若干載っていることもありますが・・・)

だから、覚える練習がほとんどできずに、

テスト前に教科書をざっと見直して

「まあ、行けるだろう」という気分だけをつくるわけです。

しかし、いざテストになってみると、思い出せなかったり

漢字がかけなかったりして、悔しい思いをするのです。


だったら、どうすればよいか。

結論は単純です。

「自分で問題集をつくる」

これだけです。


多くの中学生の皆さんは、宅習帳(自分で教科を決めて自主学習

をして提出するノート)を課題に出されているでしょうから

それを活用するといいかもしれません。


数学の教科書の太字で書かれている用語

あるいは、線で囲まれている部分の用語に注目します。


そして、その用語の説明を抜き出して

例えば

①4xやxyのように、数や文字をかけ合わせた形の式を
 (ア    )という。

②また2x+2yのように(ア    )の和の形をで
 表された式を(イ     )という。

といった問題を自分でつくっていくのです。


ここで、この(     )の中に答えを書いたらいけません。

繰り返し練習できるように(     )には何も書かずに、

ノートの右側に縦線を一本ひっぱって解答欄をつくり、

そこに答えを書くようにしましょう。

そうすれば、その解答欄を隠すことによって

何度でも練習できる問題集になります。


また逆に解答欄の用語を見て、内容を説明する練習をしても

よいのではないでしょうか。


多くのみなさんは、宅習帳は、問題を解いたり

要点をまとめたりするだけで、

自分で問題をつくるというところまでやった経験は

少ないのではないかと思います。


「自分で問題をつくり、それを解く」というのは

とても力のつく学習法だと思います。



このような学習法は、数学のみならず

社会科のテストでも力を発揮します。

社会科の先生は、一風変わった方が多いので

教科書の隅にちょこっとだけ載っているような人物や

教科書では扱われていない、授業でしゃべった内容について

のマニアックな問題が出されることがあります。

もちろん問題集には出てきません。


その対策としても、自分で問題をつくる学習法は有効です。

例えば、昨日は参議院議員選挙の投票日でしたが、

先生が選挙について何かおっしゃっていたら、

その日の宅習帳に選挙についての問題をつくってもいいかも

しれません。


先生のおっしゃったことを簡単にメモして

問題をつくってもいいですし、


新聞などを参考にして

①現在の与党は何党か。ふたつ答えよ。

②今回の選挙で最多の議席を獲得したのは何党か。

などなど・・・と本格的にオリジナルな問題をつくってもいいでしょう。


このように資料を読んで、自分で問題をつくることは、

教科書を抜き出すよりもずっと大変ですが、

視野を広げ、テーマを深く理解することにつながる、

とても良い勉強になると思います。

そのうち、問題をつくるのが楽しくなり、

テストをつくる先生の気持ちもわかってくるのではないでしょうか。

「出題者の気持ちをつかむ」という訓練は

ペーパーテストにおいては強力な武器になります。


自分で問題をつくるのは時間のかかる作業ですので、

テストの直前にするのは大変です。

日々の宅習帳や、まとまった時間のとれる夏休みに

やってみて、コツをつかんでいくことをおすすめします。
スポンサーサイト

ジャンル : 学校・教育
テーマ : 効果的な学習法など

[ 2010/07/12 00:49 ] 学習のコツ | TB(0) | CM(5)
No title
自分で問題集を作るというのは

特に実技教科でさせています。




このことはいろんな効果を生み出します。


勉強以外で。

コミュニケーションの面です。


この作った問題集を

友達と共有するんです。

同じ教科、同じ範囲で。


そうすると

1、共通の問題を認識できる

2、自分が入れなかった問題についての発見


必ずやったあとは

フィードバックして、共通の問題には

マークをつけ、友達の問題で

これはよかった!

というものを自分の中に取りいれ、

取り入れた問題は必ず分かるような

マークをつける。


この一連の流れは

勉強面。



実は

問題を作るというのは

コミュニケーションの上で

最も大事なことをやっています。


「問い」


友達と共有する場合だと、

自分だけでやる時

以上に問題の出し方、

「問い」の工夫をしなければなりません。


僕はコミュニケーションの上手な人は

「問い」が上手

という面を少なからず

持っていると思います。


「問い」を鍛える

効果もおおいにあります。

何回かやっていると

変化が訪れるのは

この「問い」

問題の部分です。









[ 2010/07/12 03:10 ] [ 編集 ]
Re:No title
こばやん


問題づくり、授業に取り入れておられたんですね!

実技教科って問題集が少ないので

自主学習の良い題材になりますよね。

「問題を共有する」っていうのは素晴らしいですね!


今回のテーマは、昨日の授業で、

ある生徒さんにしたアドバイスの追記なんですが、

授業時に、その生徒さんに

「問題をつくっているうちに、○○さんの作った問題コピーさせて!」

っていう友達が出てくるかもしれないよ、って

話をしていたところでした。


お互いにつくりあった問題の、共通部分、異なる部分を

見ていくのは、お互いの発想や視点を知ることもできて

普段とは違う次元でのコミュニケーションを可能にする

かもしれませんね。

小道具の無い会話では、話の筋がぶれがちで、

「建設的な対話」にするのは難しいこともありますが、

ひとつの議題を紙面化したもの(小道具)を間にはさむと、

比較的スムーズに対話が進んでいくかもと思ったりしました。


「問う」というのは奥深いものだと常々思います。

「問う」ことをもっとうまくなりたい、と思う自分もいますが、

一方で、ある種定型化した「うまくいく」問いかけを

身につけてしまうことを嫌う自分もいます。

(それが他人の受けうりであれ、自分で編み出したものであれ)

また問いが「うまい」とは本当はどういうことだろう、

と考えてしまいます。


う~ん、今はまだ自分のこのもやもやを

考察しきれていないのですが、

もうちょっと考えを温めることができたら、

またエッセイを書いてみたいなあ、と思いました。


こばやんの授業風景をまた覗いてみたいなあと

強く思いました!コメントありがとうございました!
[ 2010/07/13 03:15 ] [ 編集 ]
No title
お疲れさまです。

自分で問題を作って解くというのは非常に大切なことですね。

少し趣旨から外れますが、一つ。

今でも一部の予備校では使っているそうですが、昔、「京大式カード」というものがありました。
おそらく使われ方は様々だったと思います。
研究関係では「引用」する部分を書き写して整理したり、要約を保存したりするのに使われたりします。
塾や予備校では「苦手な問題」を書き写して(あるいは切り貼りして)
「単語カード」の拡張版のようにして用いていた人が多かったのではないでしょうか。

この「京大式カード」が、労力が無駄にかかる&「やったつもり学習」を助長するにもかかわらず、
いまだに使われているのは、「問いをなぞる」ことに意味を見出しているからだと思います。

「問いをなぞる」というのは、国語でも大切で、
読解問題ができない子たちのなかには、実は、こちらが声を出して問いを読んだり、
あるいは少し違う言葉で言い換えてあげたりすると、「なんだそんなことか」といって、
簡単に解けてしまうということがあります。
つまり、彼らがひとりで問題を解くためには、頭の中(あるいは心の中)で、
意識的に「問いをなぞる」→「自分の問いに還元する」ということが、
必要不可欠なわけです。


師匠のおっしゃる「問いを作る」というのは、そういうものの延長上にあるように思います。
「問いをなぞる」→「問いを意識化する」→「問いを作る」という流れがあるのではないか、と。
したがって、意識的に問いに向き合っていなければ、きっと問いを作るのが苦手/下手なままでしょう。
こばやん師匠やBRILLIANT師匠がおっしゃるように、
「友達との問い交流」が「問いの成長」に大きく尽力するのは、
似たような言葉や思考回路を用いてつくられた問いが多いので、
それを意識化しやすい(なぞりやすい)からではないかと思います。
また、友達より高度な問いを立てようと競い合う中で、
彼らが「大人」の作った問いを参照したり真似したりするようになると、
きっと「テストをつくる先生の気持ちもわかってくる」ようになるでしょう。

問いをつくる。
問いをなぞる。
問いをえらぶ。

ちなみに僕は最近、「問いをdigestする」という手法にハマっています。
小学生には僕の「問い」や言葉は難しいようで、(わざとそうしてる部分もありますが)
小学生たちは、この、「わからないもの」を、わかる人間が、わかる部分だけ、
少しずつ消化(degect)しながら共有するという手法です。
噛み砕いて説明させる。
考案者おーくらです。笑。

完全にわきにそれましたね…(> <;)
「うまい問い」僕も悩みます。
[ 2010/07/13 14:54 ] [ 編集 ]
Re:No title
みねくん

「問いをなぞる」
→「自分の問いに還元する」

これは、見事な着眼点だなあと思いました。
目の前の霧がすっと晴れるような気がしました。

国語などは最たる例だと思うのですが、
数学も物理も化学も
まず問題が何を問うているのかを分析することから
始めますよね。

多くの難問は
(あるいは基本問でも初学者のうちは)
問題が何を言ってるのかがまず分からない。

問いをなぞりながら
「自分が理解できる問い」に再構築しなければならない。

それができたら、実は問題は半分解けたようなものですよね。

これはテストに限らないかもしれません。

人生のさまざまな局面において
「何を問うているのかさっぱりわからない」ような
難問が目の前に立ち塞がる。

生き抜くためにはこの難問を「どげんかせんといかん」
と思う本能も人間にはありますから、
解体作業の第一歩を踏み出すわけですが
(時に全力で撤退を試みたりもしますが)

まずやることは、確かに「なぞってみる」ことかもしれません。

手も足も出ないような難問であればあるほど。

*** *** *** *** ***

ごめんなさい、今日は力尽きてきたので、また明日追記しますね。
[ 2010/07/14 03:44 ] [ 編集 ]
追記
みねくん

昨日の追記です。

「問いをdigestする」という手法
すごいですね。

師と複数の生徒が学び舎に集う、ということの意味が
ここにあるような気がします。

「わからないもの」を、わかる人間が、わかる部分だけ、
少しずつ消化して共有するというとき、

その授業に参加する全員が師であり、生徒ですよね。

塾というのは、ともすれば自分の利益(成績向上)獲得だけに
目がいきがちですが、このような授業に参加する生徒たちは、
「学び舎に集うことの意味」を知っていくのでは
ないでしょうか。

また難問解決に自分が少しでも寄与できたということが、
参加する生徒たちにとっては、とても誇らしいだろうな
と思います。

みねくんの授業を受けると、みんな国語が好きになると思うよ。

僕が中学生の時、プリント演習ばかりさせる国語の先生がいて
僕はその時間がとても嫌いでした。

そんなの、家でできることやん。と。

せっかく、40種類の小宇宙が同じ空間に集まり、同じ時間を
過ごしてるのに、互いの宇宙の回路を知ることもなく、
黙々とプリントを解くなんて面白くない。
(※プリント学習で力がつく部分ももちろん認めますが)
他の人の考えを知りたいなあ・・・ってずっと思っていました。

みねくんの授業は、生徒たちにとっては、
国語科における問いの咀嚼力を高めるだけでなく、
人生における難問を解決する時の有効な手段を知る
きっかけになりそうですね。

難問にぶち当り、自分の能力だけではいかんとも
しがたい時、信頼のある他者の視点を知る、
手がかりにさせてもらうということは
とても有益なことだと思います。

そして、これは実はとても訓練が必要なことで。

人間は自分の視点や価値観に固執しがちですから。
それを貫くことも必要だけど、飛躍するためには
時に180度異なる視点を勘案する度量もまた必要。

みねくんの考案した手法は、とても大きな可能性を
秘めているような気がしました!

いやあ、こばやんの授業も、みねくんの授業も
また見させて頂きたいなあ!!
[ 2010/07/15 03:38 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。