英気に溢れる -Be filled with brilliance-

鹿児島で学習支援業を行なっているBRILLIANTが、子どもと教育、心と身体に関するエッセイ、日々の雑想をお届けします。

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熟成のためにこそ、寝かせておく

【以下の文章は、2010年5月に自主発行した、私の教育活動に関するエッセイ集「英気に溢れる」より抜粋したものです】

彼は、9ヶ月前に一度私の教室に体験学習を受けに来ていました。

彼は、中1の2学期以降、学校に(行きたくても)なかなか行けない状態で、それが中2の終わりまで続いていました。

学校に再び通いたいが、授業に着いていけるか心配だったため、友人から聞いた、私の教室へと足を運んでくれたのです。

私の教室に本人は良い印象を抱いてくれていたようなのですが、お父様の「塾へ通うよりも、まずは学校に続けて行く訓練を優先すべきだ。」との御判断から、継続受講の運びにはなりませんでした。


心の隅でずっと気にかけていたのですが、ある日、お母様から突然のお電話がありました。

「あれ以来、やはり学校に行ったり行かなかったりの日々が続いていました。

この前三者面談があり、進学の話になりまして、本人は、『できることなら進学したい・・・。そのために僕は勉強したい。他の塾は多分合わないだろうけど先生の塾ならできそうだ。』と申しまして、親としても、せっかく出てきた息子の勉強したいという気持ちをなんとか押し出してあげたいという思いから、ご相談の御電話をした次第です。」

中3の受験の押し迫っている時期。

今から合格のための学習計画を組むのは極めて難しい。

しかし、その子の勉強をしたい、という思いには応えてあげたい。

その点をお母様にお話した上で、とにかく本人に会って、話を聞かなければ始まらないと考え、会う約束をしたのでした。


久しぶりに会った彼は、意外に明るい顔で、私の問いかけに対して、言葉を選びながら、しっかりと自分の考えを告げてくれました。

進学先に対しては、「一番行きたいのは 私立のスポーツトレーナー科なんです。

理由は、自分は野球などのスポーツが元々好きだし、お父さんやお母さんにマッサージをしてあげるのもとても楽しいし、ふたつを同時にやることができるからです。

でも、私立でお金もかかるし、家族にはなかなか言えなくて・・・」と答えてくれました。

横で聞いていたお母様は、目を丸くして、「初めてこの子からそんな話を聞きました。そこまで考えていたんですね・・・。 家では、私や主人がこの子より先に口を出してしまって、そうすると、この子は黙ってしまうんです・・・ 主人も疲れていたりする時は、もし私立にやって、また学校に行けなくなったらお金の無駄だと言ったりしますし・・・でも、今のように主人に話せたら、理解してくれるんじゃないかしら・・・」とおっしゃっいました。

その後、学校になかなか行けなくなってしまったきっかけや、友人とのエピソードなど、お母様が初めて聞くような話がポンポン飛び出し、時折、お母様は目頭を熱くされているようでした。


「きっとこの子は、会っていなかったこの9ヶ月、自分を冷静に見つめ、たくさんのことを考えてきたのだろうな」と私は思いました。

さらに、私が強く心を動かされた彼の極め付けの発言は、「どうして勉強をしようと思ったの?」という問いに対しての答えでした。

「12月から学校に行ってみて、やっぱり授業は全然分からなかった。

ある先生が、『勉強』とは『強いる』ものとおっしゃった。

受験勉強は強いるものだと思う。

でも僕は基礎の基礎が分かっていません。

『勉強』ではなくて・・・『学習』・・・。

僕は僕に手の届くぐらいの基礎の基礎を『学習』して、できるだけ準備をして受験してみたいんです。

お姉ちゃんも塾に通っていたけど、そこも多分『勉強』だろうし、他の塾も僕には難しいと思います。

でも、先生の塾なら『学習』できると思ったんです。僕は基礎の基礎を学習したいです。」


中学3年生がここまで、言葉の本質を捉えて、自分の考えと指針を述べられるものなのでしょうか。

私は心の中で感嘆しました。

彼は私の教室が柱としていることを、たった一回の体験学習で感じ取り、この9ヶ月、心のどこかで温めてくれていたのです。

本当に嬉しい言葉でした。

「この子は大丈夫だ。私にできることは、彼の意志を見守り、ただ添っていくだけだ。」

そう確信して、彼と握手をし、残り数ヶ月、共に「学習」していくことを誓いました。

その他の話でも、彼は慎重に言葉を選んでいました。

彼は決して、頭が良い/悪いとか、成績とかいう言葉を使わず、「学力」という言葉を使いました。

彼は学習指導要領の教科知識は、その時はほとんどなかったかもしれません。

でも、本質を捉える知性をしっかりと育んでいたのです。


人は、余りにも忙しい時には、日々の雑務に追われ、物を考えたり感じたりする余裕もなく、目の前のことをこなすことに時間を費やします。

確かに、このような忙しさの中で何とかやっていくことも、人の成長の過程においては大切なことだと思います。

しかし、自分の内面や身の回りの事象を整理するためのゆっくりとした時間を持つことも人生には必要です。

ひとつひとつを静かに見つめ、その奥を感じ取り、それぞれを結びつけて自分という物語に位置付けていく。

そういった時間を持つことで、物の見方を広げることができるのです。

また、このような時間を持つことで、内面からのエネルギーが充実してきます。


お酒やパンといった食品は、美味しくするために、かならず熟成させる時間をとります。

適度な湿度や温度を保って、食材を「ねかせる」時間です。

見守りながら、静かにねかせておくことが時にはとても大切なのです。

人は何もしていないように見える時ほど、物を考えているものです。

その時にこそ、人は自らを熟成させているのです。
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[ 2014/09/18 21:34 ] 子どもと教育 | TB(0) | CM(0)
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