英気に溢れる -Be filled with brilliance-

鹿児島で学習支援業を行なっているBRILLIANTが、子どもと教育、心と身体に関するエッセイ、日々の雑想をお届けします。

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幸せな忘年会

12月29日の夜のことです。

前日に今年の授業をすべて終えた私は、教室の掃除と新年の準備をしていました。


作業をしながら、私の頭の中には、「今年一年、自分がやってきたことは、これでよかったのか?」という問いがこだましていました。

特に「自分がやってきた授業は本当にこれでよかったのか?」という問いが心の中を駆け回り、課題や反省点ばかりが浮上して、気持ちが重くなっていました。


成果がすぐに現れる生徒さん、順調に伸びていっている生徒さんはいいのですが、成果が現れるのに時間がかかっている生徒さんもいます。

教室に来始めてすぐに大きく伸びたけれど、途中でスランプに陥り、そこからまた多くのことを学び、よりたくましくなって、再び上昇傾向に入った生徒さんもいます。

「これまでの自分は、分からないところがあればすぐに先生に聞けばいいと思って、先生に甘えてばかりでした。

自分で考えて、自分で勉強しなければ、駄目なんだということに気づかされました。

私は自分の力だけで、できるところまでやってみたいです」

という大きな決意を持って、休室された生徒さんもいます。


色々な生徒さんとの物語を振り返るうちに、その日の私は、一体何が教育の「成果」なのか、良く分からなくなっていきました。



お腹も減ってきたので、外で何か食べようと思い、私は教室を出て、中央駅の方へ歩き出しました。

西田の街は、忘年会へ繰り出そうとしているサラリーマンの方々や学生さんで賑わっていました。

「ここでご飯を食べようかな?いや、何か気が乗らないな。ここにしようかな?いや、やめよう」と、食べる場所をなかなか決め切らない私は、自然に中央駅の中へと吸い込まれていきました。


駅の構内は、新幹線から降りてきた帰省客とキャリーバッグでごった返しています。

「ああ、年の瀬なんだなあ…」とぼんやり思いながら、ふらふらと構内を歩いていたら、突然後ろから呼び止められました。


「あのすみません、西野先生…ですよね?」

私を呼び止めた声の持ち主は、3年前に加治木で教えていた時の教え子でした。

「覚えていらっしゃいますか…?」

「おお○○くん!もちろん覚えているよ。ついこの間も○○くんはどうしているかなあ、と思っていたところだったよ!」

その日、私はずっと大きなマスクを着けていたのですが、それにも関わらず、彼はよく私だと分かったなあ、よく声をかける勇気を出してくれたなあ、と思い、とても嬉しくなりました。

「先生、僕は、就職も決まったんですよ!」

「そうか、それはおめでとう!本当に良かったね!」


たくさん話したいことがある様子に見えたので、私は彼をご飯に誘いました。



彼は、中学生の時、学校にはほとんど通っていませんでした。

学校に行きたくてもなかなか行けない状態で、受験の直前に、できることならなんとか進学をしたい、そのためにできる限りの準備をして試験に臨みたい、ということで、以前一度だけ体験授業に来たことがあった私の教室に再び足を運んでくれたのでした。

教えていたのは、ほんの二ヶ月あまりだったでしょうか。

でも彼は、その二ヶ月間、彼なりに本当に一生懸命勉強をしました。

そして、鹿児島市内の、ある私立の高校に合格することができました。

卒業後、彼はどんな高校生活を送っていることだろうか、うまく行っているかなあと、私もずっと気にかけていました。

久しぶりに会った彼は、なんというか、身体の芯に太いものが通っていて、溌剌としていて、それでいて深いまなざしを持っていました。

高校生活は非常に充実していたようで、勉強だけでなく、様々な人間関係の中で自分を深めていたようでした。

就職先は、県内にある介護施設だということで、物事を深く洞察でき、気配りができて、心根の優しい、彼ならではの選択だなあと、心を打たれました。

そんな彼が、一緒にラーメンをすすっている間に、私の本質に迫る質問をどんどん投げかけてきました。

「先生はなぜこの仕事をやっておられるのですか?」

ぎくっとしました。彼は続けます。

「学校や大きな塾の先生と違って、ひとつの教え方ではなく、ひとりひとりの生徒に合わせて教えなければならない塾の先生は大変ではないですか?」

私は、言葉を失います。

「実は、僕も後輩に勉強を教えたことがあって、教材に書いてある通りに教えた方がいいのか、自分のオリジナルの解き方を教えた方がいいのか、悩んだことがあるんです。

自分のオリジナルの解き方を教える方が手っ取り早いのですが、後輩に丁寧に教えた後に『じゃあやってみて』と言うと、『え、どうするんでしたっけ』と言うんです。

自分の頭と同じタイプの人に教える時はいいのですが、違うタイプの人に教える時は大変ですよね…。

飲み込みがいい人だといいんだけどなあ…」


私は、苦笑と感嘆の入り混じった気持ちになりました。

それは、私が3年前、君を含む生徒たちに教えるときに感じていた苦悩だったんだよという苦笑と、でもよく高校3年生で、ここまで「教えるということの本質」に気づけたなあ、という感嘆です。


さらに彼は、

「それから、僕の従兄弟が今度受験なんですけど、勉強を教えてほしいということで、先生が僕に勧めて下さった教材を使ったんですよ。あれは分かりやすいですよね。」

という話もしてくれました。

当時はたった二ヶ月で、一体どれだけのものを彼に残してあげられるだろうかと、もやもやとした思いを抱えたまま授業をしていたのですが、私のやったことは確かに彼に残っていて、彼がそれを下の世代に伝えようとしてくれたことを、心から嬉しく思いました。


彼の高校生活の様々な物語を聞いた後、私達はラーメン屋を出て、再び中央駅に向かいました。

歩きながら、彼が、ぽつりと言いました。

「久しぶりに、先生の、あの、のんびりした塾に戻りたいなあ」

「僕の塾はのんびりしていたね?」

「いや、失礼な言い方かもしれないですけど、なんか『楽』だったんですよね。

実は、僕は大手の塾にも体験授業に行ったことがあって、でも、スピードは速いし、何を言っているのか全然理解できなかったんですよ。

でも、先生は、ひとりひとりに、ゆっくりと丁寧に教えてくれて。

僕は勉強が嫌いだったのですが、先生の塾に通って、『分かってみれば、勉強は面白いもんだなあ…』と思ったんです。

いま、僕がこうしていられるのも、あの時に、勉強をやってみようと思えたからかもしれません。」


私は彼の言葉を聞きながら、私の心の中に渦巻いていた「自分のやってきたことは、ほんとうにこれでよかったのか?」という問いの答えが返ってきたような気がしました。


「先生、今日は僕ばかりがしゃべってしまったような気がしますが、先生と話せて、心の何かが溶けたというか、心の紐がほどけたような気がしました。」

中央駅の長いエスカレータを下りながら、彼がどこか遠いところを見つめて言いました。

「僕も、君と今日会えて、ものすごく元気をもらえたよ。声をかけてくれて、本当にありがとう。」

「先生、今日気づいたのですが、出会いってすごいものですね。」

私は、自分の原点を再確認するような気持ちで、彼に言いました。

「君が、さっき『先生はなぜこの仕事をやっておられるのですか?』と聞いたけど、

それは、君のような素晴らしい生徒との出会いがあるからだよ。」


彼は「自分が帰る電車は何本でもありますから」と言って、私が乗るバス停まで見送ってくれました。


「僕はいままで、お父さんや、お母さん、おばあちゃん、そして先生に求めてばかりでした。

これからは求めるのではなく、求められる人間になりたいです。」

と力強く言ってくれた彼の顔は、もはや高校生でなく、ひとりの男の顔でした。

こういう男が、鹿児島の介護の現場で働いてくれるということは、本当に頼もしく、有り難いことだなあと思いました。


酒が飲める年になったら、飲もうねと約束をして私達は別れました。



私はひとりで教室をやっていますから、忘年会をできる上司も同僚も部下もいません。

だから、このような思いがけない形で、大きく成長した教え子と、素晴らしい忘年会をさせてもらえたことを、天に感謝するばかりでした。

私がこれまでやってきたことは、間違ってはいない、と言ってもらえたようでした。


私は、昔も今も、素晴らしい生徒さん達と保護者の方々に恵まれているなあと心から思います。

これまでも、私が迷っている時は、生徒の皆さんや、保護者の皆さまのエールに支えられて、導かれてきたように思います。

生徒の皆さん、保護者の皆さま、そして、このブログを読んで下さっている皆さま、今年1年、有形無形を問わず、私にたくさんの贈り物をくださって、本当にありがとうございました。(ブログの感想や拍手を頂けるのもそのひとつです。)


来年は、私からも、もっともっと、たくさんの贈り物ができるように、精進していきたいと思います!

それでは、皆さま、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

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ジャンル : 心と身体
テーマ : 小さな幸せ

[ 2011/12/31 18:19 ] 日々のエッセイ | TB(0) | CM(0)

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