英気に溢れる -Be filled with brilliance-

鹿児島で学習支援業を行なっているBRILLIANTが、子どもと教育、心と身体に関するエッセイ、日々の雑想をお届けします。

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磨くものはひとつに絞る

先週から様々な動きが起こっていて、心も体も忙しく、なかなかブログの更新ができませんでした。

動きが大きいということは、春が近いということなんでしょうね…


さて、もう1週間以上前のことになるのですが、教室がお休みの日に、ザビエル教会で行われた、クラシックギターのリサイタルに行ってきました。

福田進一さんという、世界中で活躍されている日本最高峰のクラシックギタリストのリサイタルです。

私の友人が鹿児島でクラシックギター教室の先生をしているのですが、その縁で、僭越ながら、私は福田さんの鹿児島でのリサイタルのレヴューを毎回書かせてもらっています。

今回の「バッハを弾く」と題されたリサイタルも本当に素晴らしくて、その内容についても、先週頑張ってレヴューを書きましたので、よろしければ今後発売される「現代ギター」という雑誌の3月号か4月号の「各地から」というコーナーをご覧ください。

現代ギター

(※写真は現代ギターのバックナンバーです。右の方の、真ん中に写っているロマンスグレーの方が福田進一さんです。)


さて、今日のブログの本題は、福田先生が打ち上げの席で語って下さった、若い演奏者に向けての助言です。

これは、演奏者の方達だけでなく、何らかの分野で向上心をもって努力している人達なら誰でも、大きな示唆を得ることができるお話だと思いましたので、ここに記しておきます。


「若いうちは、自分の演奏の中で、実現したい欲望が、あれもこれもと様々にある。

しかし、全部を同時に追い求めてはならない。

ひとつを立てようとすると、他はダメになるのが自然だからだ。

だから、まずひとつだけを追い求めていく。

ひとつだけを最高に磨き上げていく。

それが、結果として、大成への道につながるんだよ。」


一言一句そのままではないですが、こんなお話だったと思います。

私はこのお話が深く心に染み入りました。

なぜなら私も授業や人生において実現したいことがいっぱいあり、あれもこれもと追い求めてしまう性質を自覚していたからです。

私は、福田先生に、「そのひとつを選び取る基準は何ですか?」と質問しました。

すると、福田先生は、はっきりと力強くこうおっしゃいました。

「それは直感以外にありません。」


スティーブ・ジョブズをはじめ、一流の方々は、口を揃えて同じことをおっしゃるんだなあと思いました。

私自身も、高校生・大学生ぐらいの時は特に、自分は理屈でなく「直感」を頼りにしてばっかりいる「直感人間」だけど、それでいいのかなあと思っていたのですが、またひとり一流の方に「それでいい」と言ってもらったようで、勇気が湧きました。

受験生の方達をはじめ、自分の能力・実力を伸ばしたいと思っている方達は、先生のおっしゃるように、あれもこれもと手を広げるよりは、ひとつに絞り込んで、それを磨き上げていくことが大成への近道かもしれません。

そして、そのひとつを選ぶ時に、自分の「直感」を信頼すること。

以前の記事でも書きましたが、ジョブズ氏の言うように「あなたの心と直感は、あなたがほんとうは何になりたいのか、知っているから」なのでしょう。

一流の方とお話できる時間というのは何て貴重で贅沢なことだろうと、しみじみと有り難く感じる一夜でした。

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ジャンル : 心と身体
テーマ : 気付き・・・そして学び

[ 2012/02/14 12:52 ] 私の学び | TB(0) | CM(0)

点を結ぶ - connecting the dots

最近、私は過去の回想日記ばかり書いています。

「今」や「これからの展望」を書かれている他の方々の日記を読んでいて、自分の日記のベクトルが過去に向いていることを改めて自覚しました。

なぜ、「今」の日記をあまり書かないかというと、それには理由があります。

その理由のひとつは、生徒さんの成長を見守るという仕事をしている私が、今日行った授業について(プライバシーは最大限に配慮するにしても)言及するのは、何らかの形でその生徒さんの成長に影響を及ぼしてしまうのではないか、という危惧があるからです。

本当は今日の授業で感じたこと、気づいたこと、生徒さんと分かち合ったことなど、これからどういう風に進化していくか分からない「今この瞬間」の経験や発想を、新鮮なうちに書いておきたいという気持ちもあります。

しかし、現在進行形の、大きな可能性を秘めたその事象について、今、何らかの言及することは、その事象の可能性を、ある枠の中に閉じ込めてしまうことにつながるのではないか。

そんな風に思ってしまうので、私が生徒さんとの出来事を記す際には、自ずと発展途上の事象ではなく、ある程度、形が固まってきた事象に限られてくるようなのです。

(というわけで、必然的に過去の出来事や、かつての教え子とのエピソードが多くなります。)

とはいえ、最近の自分は特に「過去」のことばかり書いているよなあ、どうしてなんだろう、と自分でも少々首をかしげておりました。

そんな矢先、先ごろ亡くなられたスティーブ・ジョブズの言葉を、内田樹先生のブログで読んで、なぜ、今、自分が「過去」を回想しているのかが、腑に落ちたんです。

ああ、今自分は、時を経てやっと「点を結ぶ」ことができるようになったんだ、ということが分かって、ほっとしました。

以下、内田樹先生のブログからの引用です。

少々長いですが、「学ぶ」ということの本質をとらえた奥深い内容だと思います。

よろしければ、是非、御一読下さいませ。


*** *** *** *** *** *** *** 


先ごろ亡くなったスティーブ・ジョブズのスタンフォード大学の卒業式での有名なスピーチがあります。

僕が言いたかったことを彼は全然違う言葉で言っていて、僕は深い共感を覚えました。

彼がその中でこう言っていました。

半生を振り返って得た結論が、一番大事なことは、「あなたの心と直感に従う勇気を持つことだ」(the courage to follow your heart and intuition)と。

どうしてかというと、ここが素晴らしいんですが、「あなたの心と直感は、あなたが本当は何になりたいかを知っているからである(they somehow know what you truely want to become)」。

これを僕は本当に素晴らしい言葉だと思いました。

僕の言う二番目の学力というのはこれのことです。「勇気」です。

こういうことを勉強すると、これこれこういういいことがある、この知識や技能や資格や免状はこういうふうにあなたの利益を増大させる、というような情報に耳を貸すな、とジョブズは言っているんです。

だって、まわりの人が「これを勉強しろ。これを勉強すると得をするぞ」と言い立てている通りに勉強するなら、勇気なんか要りませんから。

勇気が要るのは、「そんなことをしてなんの役に立つんだ」とまわりが責め立てて来るからです。

それに対して本人は有効な反論ができない。

でも、これがやりたい。これを学びたい。この先生についてゆきたい。そう切実に思う。

だから、それを周囲の反対や無理解に抗して実行するためには勇気が要る。

自分の心の声と直感を信じる勇気が要る。

ジョブズは大学に入って半年でドロップアウトしてしまいます。

授業に興味が持てなくて。

ドロップアウトした後は自分が興味を持てる授業だけ聴いた。

そのときにカリグラフィー、習字ですね、その授業を受けた。

さまざまな美しい書体について勉強した。その勉強が何の役に立つのか、授業を受けている時にはわからなかった。

でも、10年後にわかった。

最初のアップルのコンピュータを設計するときに、ジョブズは「パーソナルコンピュータは複数の美しいフォント(書体)を持つマシーンでなければならない、字間は自在に変化しなければならない」と思ったからです。

タイポグラフィーの美しさというコンセプトをジョブズははじめてパソコンに持ち込んだのです。

カリグラフィの授業を受けたという経験がなければ、僕たちはたぶん今でも複数の「フォント」から好きな字体を選んで字を書くということはなかっただろうとジョブズは言ってました。

ドロップアウトした後、どうしてカリグラフィーを履修したのか。

それは彼が「自分の心と直感に従った」からです。そのときには、いったい将来自分のがどんな職業に就くことになり、今習っているこのことがどんなかたちで実を結ぶか、予測できなかった。

でも、10年後に振り返ってみたら、そこにははっきりとして線が結ばれていた。

ジョブズはこれを「点を結ぶ」(connection the dots)という言い方で表現しています。

僕たちは「何となく」あることがしたくなり、あることを避けたく思う。

その理由をそのときは言えない。

でも、何年か何十年か経って振り返ると、それらの選択には必然性があることがわかる。

それが「点」なんです。

自分がこれからどういう点を結んで線を作ることになるのか、事前には言えない。

「点を結ぶ」ことができるのは、後から、回顧的に自分の人生を振り返ったときだけなんです。

教育はまさにそのような行程です。

教育を受ける前には、自分がどうしてそれを勉強するのかその理由はわからない。

だから、教育を受けるに先立って、「これを勉強したら、どんないいことがあるんですか?」という理由の開示を求めるのは間違っている。

ほんとうに必要な勉強は、「それをやらなければならないような気がするが、どうしてそんな気がするのかは説明できない」というかたちでなされるものだからです。

学ぶに先立って学ぶことの意味や有用性について「教えろ」というのは間違っているんです。

「学び」というのは、なんだか分からないけど、この人についていったら「自分がほんとうにやりたいこと」に行き当たりそうな気がするという直感に従うというかたちでしか始まらない。


-中略-


学びの始点においては自分が何をしたいのか、何になりたいのかはわからない。

学んだあとに、事後的・回顧的にしか自分がしたことの意味は分からない。それが成長するということなんです。

成長する前に「僕はこれこれこういうプロセスを踏んで、これだけ成長しようと思います」という子供がいたら、その子には成長するチャンスがない。

というのは、「成長する」ということは、それまで自分が知らなかった度量衡で自分のしたことの意味や価値を考量し、それまで自分が知らなかったロジックで自分の行動を説明することができるようになるということだからです。

だから、あらかじめ、「僕はこんなふうに成長する予定です」というようなことは言えるはずがない。

学びというのはつねにそういうふうに、未来に向けて身を投じる勇気を要する営みなんです。

教育の効果というのは事後的にしか分からない。

ジョブズにしても嘉納治五郎にしても、自分がある時点で受けた教育の意味がずっと後になるまでわからなかった。

たぶん、僕たちは死ぬ間際になるまで自分の受けた教育の価値はほんとうは分からない。

教育の意味は受けたその時点で開示されるわけじゃない。

その時点ではわからない。教育を受けた結果、自分自身が現に成長を遂げたことによって、受けた教育の意味がわかる。

それを語れる語彙を持ったこと、その価値を考量できる度量衡を手に入れたことこそが教育の贈り物だからです。

「内田樹の研究室」2011年11月24日の記事より

ジャンル : 心と身体
テーマ : 気付き・・・そして学び

[ 2011/11/28 13:47 ] 私の学び | TB(0) | CM(0)

二足のわらじ

これもまた、私が東北大学に数カ月だけ在籍していた時の、忘れられない言葉のお話です。



悶々とした日々を過ごしていた私は、ある日突然、妙な衝動に駆られました。

「そうだ、中尊寺金色堂まで自転車で行こう!」

宮城県仙台市から、中尊寺金色堂がある岩手県の西磐井郡平泉町までは、100km以上の道のりがあります。
衝動に駆られて、無茶な遠出をしたくなるのは中学時代からの自分のクセです。



夜が明けるのを待って、私は通学用の自転車(いわゆるシティサイクルと呼ばれる普通の自転車)にまたがり、平泉に向けて出発しました。

その日は天気もよく、東北ののどかな風景を楽しみながら、私は快調に自転車を飛ばしていきました。

初めの数十kmは楽しかったのですが、途中で大きなアクシデントがありました。

岩手県のたしか栗原市(震災で最大震度7を記録した街ですね…)に突入した頃だったでしょうか、足腰に疲労が溜まり始めていた私は、とあるコンビニに自転車を停め、飲み物を買うため、中に入りました。


店内で飲み物を探していると、一見して清潔感のない、やつれた風体の初老の男性が、お酒のコーナーでパックの日本酒を探していました。

私はその男性と一瞬目が合い、なぜかその男性はにこーっと私にほほえみかけてきました。

気持ち悪くなった私はすぐに眼をそらして、男性をやり過ごすため、買う物はもう決めていたにも関わらず、まだ商品選びに専念しているフリをしました。

すると、その男性は日本酒のパックを手に取り、レジで会計を済ませて、外に出て行きました。

ほっとした私も、自分の会計を済ませて、外に出ました。


自分の自転車を停めた所に戻ってみると、自転車の前かごに、中のふくらんだコンビニのビニール袋が置かれていました。

何だろう?と思って、ビニール袋をのぞいてみると、中には白鶴の縁起の良さそうなパック酒が入っているではありませんか。

さっきのおじさんだ!

私は、周囲を見回してみましたが、おじさんの姿はどこにもありません。

私は仕方なく、その日本酒のパックをコンビニの店員さんに預け、不可解な気分を抱えながら、再び自転車をこぎ出そうとしました。

その時、私は驚愕の事実に気づきました。

前輪が完全にパンクしているのです。

タイヤを注意深くチェックしてみると、画鋲が数個刺さっています。

コンビニに自転車を停めるまではタイヤはなんともなかったのです。

となると…コンビニに停めている間に画鋲が刺さった可能性が高い。

私は、ひとつの可能性を想像して、急に怒りと寒気を感じました。

これは全部さっきのおじさんの仕業ではないか?

タイヤをパンクさせる代わりに日本酒をあげるよ、という奇妙なアメとムチを僕に贈ったのではないか?

でも一体何のために?

どうしてこれが僕の自転車だと分かったんだろう?



私は、先ほどのおじさんの奇怪な「ほほえみ」を思い出して、ますます怖くなってきて、一刻も早くその場を離れようと、パンクをした自転車を押して移動を始めました。

しかし、なかなかパンクを修理してくれそうな自転車屋は見つかりません。

しばらく行ったところのガソリンスタンドで「近所に自転車屋さんはありませんか?」と尋ねるも、「いやあ、この近くにはないですねえ」と、そっけないひと言。

どうしたものかと途方に暮れながら自転車を押していると、なんとそのガソリンスタンドから500mも行かないところに大きな自転車屋があるではないですか!

私は心の中でガソリンスタンドの店員さんに「思いっきり目立つ自転車屋が近くにあるやんけ!」と突っ込みを入れながら、九死に一生を得た思いで自転車屋にピットインしました。



なんとかパンクを直してもらったものの、随分と時間が立ってしまい、精神的にも疲労が溜まっていました。

再び自転車をこぎ始めたのですが、ついに日が落ちてしまい、平泉になんとか入った頃にはあたりは真っ暗、疲労と空腹も限界に達していました。

とにかくどこかで食事を取らなければと思ったのですが、ごはんが食べられそうなお店はなかなか出てきません。

もう限界だ…と思った矢先、目の前に一軒の温かな灯りが現れました。


「二足の草鞋(わらじ)」という看板のかかった、新しいけれど風情のあるそば屋でした。


ものすごく高いお店だったらどうしようと、財布にそれほど持ち合わせのない大学1年生の私は、少々びくびくしながら、店内に入りました。

木の温かみと香りが生かされた広い店内、真ん中には確か囲炉裏があったと思います。

お客さんは私一人でした。

店主は40歳前後の理知的な風情を漂わせた男性で、奥さんと二人で店を切り盛りされているようでした。

奥さんが持ってきて下さったメニューを見て、私はほっとしました。

私は、おそばとおにぎりがついた1000円ぐらいの定食を頼みました。

私の身体にみるみる元気が回復していきました。

たしかにおそばも身に染みるほど美味しかったのですが、その店内の空気、佇まいが私の精神によく合い、エネルギーをもたらしてくれたのだと思います。


ひと息ついた頃、私は店主さんにこう話しかけました。

「おそば大変美味しかったです。ありがとうございました。木を生かした店内もとても落ち着きますし、店名の『二足のわらじ』も素敵ですね。これは奥さんと二人三脚でやっていくという意味ですか?」

店主さんは、笑いながらこうおっしゃいました。

「あははは、違いますよ。二足のわらじというのは、あんまり良い意味ではなくて、私はパソコン関係の仕事もやっていて、そば屋と『二足のわらじ』を履いてやってますよ、という意味なんです。」


恥ずかしい話ですが、私はその時まで、「二足のわらじ」を完全に取り違えていました。

その後、自分が東北大の学生です、というのがどれくらい恥ずかしかったことでしょうか。

しかし、そのずっこけた空気が、店主さんとの距離を縮めたのかもしれません。

私が、自転車で仙台から平泉までやってきたこと、泊まる宿をまだ決めていないことなどを話すと、店主さんはびっくりされ、近くに安くで泊まれる青少年宿泊センターというところがあるから、そこに予約をとってあげるよ、と言って下さったのです。

しかも、もう今日はお店を締めるから、自転車を軽トラの荷台に積んで、宿泊センターまで乗せていってあげるよ、とまで言ってくださったのです。

私は、店主さんのあまりの優しさに、感謝感激雨あられの心持ちでした。

正直に言って、見知らぬ町で宿を探す元気など、もう残っていなかったのです。

恐縮しながらも、私は店主さんのお言葉に甘えることにしました。


店主さんは私の自転車を見て「よくこれでここまできたね」とさらにビックリされていたようでした。

軽トラはしばらく山道を走り、宿泊施設に到着しました。

私は店主さんに何度もお礼を言いました。

およそ、そば屋の大将には見えない、理知的な面差しの店主さんは、さわやかな笑顔で帰って行かれました。


車内でも店主さんと色々とお話したはずなのですが、その内容はあまり覚えていなくて、私の頭の中には「二足のわらじ」という言葉が何度も響き渡っていました。

私の平泉への旅は、この店主さんとの出会いがクライマックスであったと思います。

翌日、中尊寺金色堂へ行き、また100km以上の帰路を帰って仙台に着いたのですが、2日目の出来事は、あまり私の印象に残ってはいません。

私は「二足のわらじ」という言葉との出会うために旅をした気がします。

というのも後年、私は、自分こそ「二足のわらじ」を履いて生きているタイプの人間だということに気づいたからです。



京大に再受験して入学して以降、私は「教育」と「映画」の二足のわらじを履いて生きていました。

学生時代は「教育と子どもを考えるサークル」と「自主映画制作サークル」を掛け持ちしていましたし、その後は「塾講師業」と「映像制作業」の両輪で生きてきました。

2007年に、ふたつとも全力でやっていくのに限界が訪れ、私は本業を教育に据え、鹿児島に戻りましたが、それまでの「二足のわらじ」の歩みは、私の人生にとって必要不可欠な時間だったと思っています。


一般的に「二足のわらじ」は悪いニュアンスで語られることが多いと思うのですが、世の中には、一つの極ではなく、二つの極をもつことで前に進んでいけるタイプの人もいるのだと思うんです。

やじろべーのように二つの極を行ったり来たりすることで、心身のバランスを保ちながら、片方の極で学んだことを、もう片方に生かしていく。

私は、映画で学んだことを教育に生かしたり、逆に教育で学んだことを映画に生かしながら、前に進んでいました。

そういった「二足のわらじ」を履くことで前に進むことのできる私と同種の、とても理知的で優しい人生の先輩と18歳の時に出会えていたからこそ、時を経た後に、私は自分の生き方を肯定できたように思うのです。

その店主さんとの一期一会には今でも感謝しています。


それから今回の日記を書いていて、もう一人感謝をしなければならない人がいることに気づきました。

あの日本酒の変なおじさんです。

あのおじさんが私にアクシデントをもたらさなければ、私はもっとスムーズに平泉に着いて、別の店で食事をし、「二足のわらじ」とは出会わなかった可能性が極めて高いのです。

そう考えると、あのおじさんにも感謝をしなければなりません。

あのおじさんは一体何者だったんでしょうか…。

ともかく、人生のドラマは、一見良くないように思える出来事にさえも支えられている、ということです。

東日本大震災以後、13年前に東北で過ごした数カ月の時間が色濃く思い出されるようになりました。

たった数カ月ではありましたが、私にとっては大切な学びをした数ヶ月でした。

近いうちにまた東北地方を旅して、「二足の草鞋」を再び訪ねてみたいと思っています。

ジャンル : 心と身体
テーマ : 人生を豊かに生きる

[ 2011/11/23 16:53 ] 私の学び | TB(0) | CM(0)

それはほんとうに悪いことですか?

人生の中で、忘れられない、いまだに考えさせられている言葉がある。


2005年という年は、私の人生の中で心身ともに最もつらい年であった。

難破しかけている自分を、なんとか適切な航路にも戻さなければと、当時勤めていた塾の授業を他の先生に代わってもらい、私はある場所で2日間、「自分を掘り下げる時間」を過ごした。


いわゆる「内観」と呼ばれるものの一種だ。


その場所では、外界からの情報が入ってくると自分を掘り下げることに集中できなくなるという理由から、2日間ずっと、携帯の電源を切り、テレビや新聞を見てはならない、というルールがあった。

携帯の電源を切った後、午前9時頃から会が始まったのだが、突然、私の服の袖がビリッとやぶけた。

最近買った服なのにおかしいなあ、なんでやぶれたんだろうなあ、と不思議に思いながら、私は「内観」の世界に入っていった。


真剣に「自分を掘り下げる」作業というのは、とても過酷だった。

先生の指示に従い、紙とペンを使って「自分を掘り下げる」作業をし、その結果を先生に報告しに行って「OK」をもらわなければならない。

しかし、この「OK」がなかなかもらえないのである。


作業を続けていると、自分の中に深く閉じ込めていた記憶がどんどん蘇ってくる。

自分にとって心地良い記憶もあれば、目をそむけたくなるような記憶もある。

その奥にある「真実」に気づくことが、一連の作業の目的だった。


何度も何度もチャレンジするのだが、先生は表情を変えることなく、冷淡に「もう一度ここを掘り下げてください」とおっしゃるばかりだった。

自分と向き合うのは精神と体力をかなり消耗する。

途中何度も投げ出したくなった。

さらには、その先生が少しずつ憎くなってもきた。

「どこがダメなのか、もう少し教えてくれてもいいじゃないか!」

先生に対する反感と疲労がピークに達したが、それでも自分と向き合って、その嵐が過ぎ去ったとき、静かな光が見えた。

初めて「OK」がもらえた。

1日目が終わる、深夜12時の直前だった。

涙が流れた。

その時、先生は初めてにこやかに笑われた。

先生の愛情を深く感じた。


翌日も作業は続いた。

しかし、1日目よりは随分穏やかな気持ちで作業を続けられた。

自分自身の深いところにある「自分の手綱」をつかめたような感覚があった。


「内観」の会は、無事終わった。

私はふーっと息をつき、現実に戻っていくために、携帯の電源を入れた。


携帯は大量のメールと着信を受信し始めた。

普段は2日間でこんなにメールが来ることはない。

メールの内容は、ほとんどが「大丈夫か?」「塾、大変なことになったね…」と、友人が心配して送ってきてくれたものだった。

しかし、私には何のことだかさっぱり分からない。


不安になった私は、テレビのあるところへ駆け寄った。

夕方のニュース番組は、私の勤めていた塾で起こった事件に関する報道一色だった。

前日の午前中、すなわち「内観」が始まった頃に、私の勤めていた大手進学塾のひとつの校舎で、本当に痛ましい、悲しい事件が起こっていた。詳細

信じられなかった。

2日間の内観を終え、希望をつかむことができたのに、急に奈落の底に突き落とされた気持ちだった。

私の勤めている校舎の、他の先生たちと、生徒たちのことが心配になった。

私は校舎に電話をかけた。

校長も他の先生も、錯綜する情報の中で生徒と保護者の対応に追われ、憔悴しきっている様子だった。


電話を切った私は、さらに暗い気分に落ち込んでいった。

どうしてこんな痛ましい事件が起きてしまったんだろう…。

生徒たちはどんな気持ちでいるだろうか…。

内観に参加すると、良いことも悪いことも含めて大きな変化がある、と事前に先生に聞いてはいたが、まさかこんなことが起こるなんて…。


私は混濁した気持ちを抱えたまま、会が終了して、懇談をしている内観の先生と参加者のもとへ行った。

私は暗い顔をして、先生に出来事の一部始終を話した。

私が話終えると、先生は冷静な顔つきで、ひと言こうおっしゃった。



「それはほんとうに悪いことですか?」



私は稲妻に打たれたような気持ちになった。

100人が聞いたら、99人は悪いことだと思うだろう。

それが当たり前の人間の感情ではないか。

私の中に、また沸々と先生に対する反感が湧いてきた。


「だって先生、それは…」

反論しようとしたが、私の口からは言葉が出てこなかった。

先生の問いかけは、とても深いところから出ていると思い直したからだ。


私は、その場を離れて、また深く考え始めた。

「それはほんとうに悪いことですか?」という言葉が、こだまのように胸に反響していた。

ネガティブな方向にしか向いていなかった思考が、少しずつ反対に舵を取り始めた。

暗い気持だった自分の中に、エネルギーが少しずつ湧いてきた。


この事件を、このまま絶望的な事件として終わらしてはならない。

私たちは、考え悩み行動して、この事件から多くのことを教訓として得て、未来に生かしていかなければならない。

そうでなければ、失われた命が報われない。

暗い気持ちでいるのではなく、一刻も早く、自分にできることをやろう。

まずは、大きな不安を抱えているであろう自分の生徒たちのフォローに全力を尽くそう。



私は気持ちを持ち直し、再び内観の先生のもとへ行った。

考えたことをお話した。

先生は、静かに優しい顔をされた。



その後、私が勤めていた校舎では、生徒たちと今回の事件について話をする時間をもった。

多くの生徒たちは、「大変悲しい事件で、悪いことをしたその先生は許せないけど、それは別の先生だし、今までずっと教えてきて下さった先生方のことは信じています」と、それぞれの言葉で語ってくれた。

生徒たちの目にも、先生たちの目にも、静かな「火」が宿っていたように思う。

保護者の方々も理解を示して下さり、既存の生徒が大量にやめるというようなことは起こらなかった。

事件後しばらくは、校舎内に大変重苦しい空気が漂っていたが、徐々に勉強に集中できる空気になっていった。

その年の受験生は大変辛い思いをしたと思う。でも、その子達もなんとか送り出すことができた。



あの事件から6年が経とうとしている。

私はその時も今も、あの事件は在ってはならない「悪いこと」だと思っている。

そのような人間としての純粋な感情を譲りたくはない。

しかし、「ほんとうに悪いことだろうか?」と問い直して、見えてきたものや、湧き出でたエネルギーがあったのも事実だ。

私個人としては、その言葉を心に反響させたからこそ、その当時を精神的に乗り切れたという思いがある。

底知れない深い言葉だと思う。


「それは本当に悪いことですか?」という言葉を、私は今でも事あるごとに、自分自身に投げかける。

自分にとって、とても残念なこと、悲しいこと、辛いことが起こった時に。

感情的にはやはり辛いしショックだ。それは消えるものではない。

しかし、その出来事の底にある「真実」をなんとかすくいあげようと試みる。


この6年、そうやって学んできた。


ジャンル : 心と身体
テーマ : モノの見方、考え方。

[ 2011/10/31 18:00 ] 私の学び | TB(0) | CM(2)

あっと言う間に受験やで

私は昔、「時」の授業をしたことがあります。

京都の大手進学塾で教えていた時のことです。

2月のある日、私は小学4年生の理科の最後の授業に向かいました。

講師のシフト配置の都合で、翌月から5年生に上がるその子達の

授業を私は担当することができず、最後の授業となってしまったのです。

その日の授業の終わりに、私は黒板に大きくこう書きました。


「あっと言う間に受験やで」


生徒たちはきょとんとした顔で黒板を見ています。

私は生徒たちに言いました。

「君達は、来月5年生になるよね。

でも、あっと言う間に、1年経って6年生になり、

あっと言う間に、受験のその日を迎えていると思うよ。

時がいかにあっと言う間かを感じてもらいたいので、

僕が黒板に書いたこの言葉、この日のこの瞬間をよく覚えておいてね。

僕の授業はこれで最後だけれども、これが僕の最後の宿題です。」



時というのはやはり恐ろしく速いもので、本当にあっと言う間に一年が過ぎ

彼らは6年生に上がる春休みを迎えました。

有り難いことに、私は春休みだけ再び彼らと授業ができることになりました。

私は春休みをもってその塾を退職する予定だったので、

その春休みの授業は、私の人生にとっても思い出深いものとなりました。


春休みの授業初日、私は、久しぶりに一緒に学ぶ時間を共有できる彼らの前で

こう言いました。

「1年前の最後の授業で、僕が言ったこと覚えている人いる?」


「はい!はい!はい!はい!覚えてる~!!」

生徒たちの手が元気良く上がりました。

おそらく忘れているだろうなあと思った私は予想外の反応にびっくりしました。


「あの時に、『あっと言う間に受験やで』をノートはしっこに書いてて、

それを切って、ずっと持ってるよ~!」

ある生徒は、書いた切れ端を僕に見せてくれました。



「本当に、あっと言う間だったでしょう。」

うん、うんと生徒たちはうなずいていました。


「きっと、この一年も同じようにあっと言う間で、

君達は受験のその日を迎えると思います。

だから、一日一日を大切に勉強していこう。」

そう言って、私は初日の授業を始めました。



私がこのような「時」の授業を思いついたのは、

私の小学生の時の変な思いつきが発端なのです。


私が小学2年生だった、ちょうど今頃の季節のことです。

私は自宅の洋式トイレの便座に座って、「もの思い」をしていました。

「もう僕も2年生だなあ。速いよなあ。もうすぐ3年生になるんだよな。

でもその3年生も飛び越して、気づいたら4年生になっているかもしれない・・・

よし!決めた!

今日この日、この瞬間にトイレで今思ったことを、

4年生になる日まで忘れないようにしよう!

トイレに入る度に、このことを思い出すのだ!」

という極めて変な思いつきです。

どうしてこんなことを決めたのか、未だに自分が理解できません。


それからというもの、トイレに入ることは、私にとって

「用をたす」ことと「決意を思い出す」ことの二重の行事になりました。



ああもう一週間たったなあ、よし、まだ忘れてないぞ。

ついに僕も3年生になったなあ。やっぱり速いなあ。

もう半年か、時々忘れそうになるな、あの日の決意を思い出さないと・・・


そうこうしているうちに僕はついに4年生になりました。

「本当に4年生になっちゃったな。長いように感じた時もあったけど、

振り返ってみれば本当にあっと言う間だった!」

私は、1年以上に及ぶ孤独な実験を達成した密かな喜びを抱えて、

その日はお祝いの用をたしました。(下品ですみません)


長い間、思い出す訓練をしておりましたので、

それからというもの、私は「2年生のトイレの決意」を

忘れられなくなりました。

ふとしたときに必ず思い出すのです。

中学にあがった時、高校にあがった時、

あの2年生の日からもう○○年も経ったんだなと

不思議な感慨が押し寄せるのです。

そういう経験から、先にお話した「時」の授業を思いついたのです。


そして、私は今、「トイレの決意」から23年経って、

もうすぐ31歳になろうとしています。


本当にあっと言う間でした。

そしてまた、あっと言う間に○○の時を迎えていく。

来年が来て、再来年が来て、40になり、50になり、

気がつけば、一生を振り返るその時を迎えているかもしれない。


「あっという間」の時の流れを思う時、

だからこそ、日々を無駄にせず、大切に生きようという心掛けることも

大切なことだと思います。そのような祈りの中で日々を生きていくことは、

人間の素晴らしい美徳のひとつであると思います。


しかし一方で、そのような気負いが昂じると、「焦り」が生まれ、

○○を迎えるまでに、あれもやっておかなくちゃ、これもやっておかなくちゃ

と気持ちを忙しくしすぎてしまい、空回りになってしまうこともあります。


そんな時は、自分の歩んできた人生の「あっと言う間」の時の中に、

どれだけ豊穣なるものが凝縮されてきたかを、感じてみることが

大切なんじゃないかと思うのです。


頑張った日もあり、駆け抜けた日もあり、泣いた日もあり、喜びに湧いた日もあり、

腑抜けた日もあり、だらだらした日もあって、そうした様々な時が凝縮されて、

今日ここにこうして生きている。

それは、ものすごく奇跡的なことだと思うのです。

もしそれらの日々のバランスが崩れていたら、今ここにこうして生きていないかもしれない。

過去に頑張りすぎていても、ぐうたらしすぎていても、

今の自分はここにこうして生きてはいない。

あっと言う間だと時を感じられるのは、

ぐうたらな日々も含めて、自分はダメだなあと思うような日も含めて、

懸命に生きてきた証拠でもあるように思います。

その日にできることを、できただけやって今日の日があるように、

これからもまた、その日にできることを、できる限りやればよいのです。


今、生徒のみなさんに同じ授業をするなら、

こういう言葉をつけ足すかもしれません。

「あっと言う間に受験やで。

だから、一日一日を大切に学んでいこう。

そして、自分が歩んできたあっと言う間の時の中で

どれだけ多くのことを学んできたか、成長してきたか、

ひとつひとつを大切に振り返ってみよう」

ジャンル : 心と身体
テーマ : 人生を豊かに生きる

[ 2010/11/24 06:57 ] 私の学び | TB(0) | CM(1)

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